中小企業の生成AI活用でAIに社内情報をどこまで見せるか

中小企業の生成AI活用について、まず何から始めればいいのかというご相談をよくいただきます。1~2年前なら、プロンプトの書き方についてを覚えましょうというのが一つの答えでしたが、いま同じ順番で進めると、多くの会社が同じところでつまずくのではないでしょうか。

つまずくのは技術的理由ではありません。AIに社内情報をどこまで見せてよいのかを、しっかり決めていないという理由です。

この記事は、やや上級者向けの内容です

すでにChatGPTなどの生成AIをご自身で使っていて、そろそろ社内でも本格的に使いたいと考えている段階の方を想定しています。RAGや社内データ連携といった言葉に心当たりのある方であれば、そのままお読みいただけます。

一方、AIをまだ触ったことがない、何に使えるのか分からない、という段階であれば、この記事の内容はまだ先の話です。先に無料のAI業務改善診断で、御社がどの業務から着手すべきかを確認するほうが近道です。

プロンプトエンジニアリング、RAGの次に来たのがエンバイロメント(環境)エンジニアリング

生成AIの活用テーマは、この数年で次のように移り変わってきました。

  1. プロンプトエンジニアリング。AIに指示をうまく伝える工夫です。モデルの性能向上で、細かい言い回しの重要性は下がりました
  2. RAG(社内情報の読み込み)。自社の文書をAIに参照させる仕組みです。ツールが手軽になり、いまは数時間で構築できます。コンテキストエンジニアリングの一環です。
  3. 環境エンジニアリング。AIに与える作業環境そのものの設計です。

エンバイロメント(環境)エンジニアリングとは、AIが見ても良い情報の範囲、使っても構わない権限、作業の手順、失敗したときの戻り道などを設計することです。

なぜここが論点になったのかというと、理由は明快で、例えばRAGは情報を入れる技術であって、入れて良いかどうかまでは判断してくれないからです。

中小企業でAIの情報漏洩リスクが生まれる本当の理由

中小企業のAI導入で情報漏洩が心配される場合、原因はAIそのものではないことがほとんどだと考えられます。

例えば、共有ドライブが実質全員フルアクセスになっている状態を考えてみましょう。このままAIをつなぐと、給与テーブルや人事評価のコメントが検索結果に出てきてしまいます。これはAIが起こした問題ではなく、もともとあった権限設計の不備が可視化されただけです。

さらにもうひとつの変化は、AIエージェント機能のおかげで、AIが社内情報を読むだけでなく、業務実行も出来るようになったことです。例えばメールを送る、フォームに登録する、ファイルを更新する。情報の読み違いは後から直せますが、送ってしまったメールは取り消せません。

中小企業がAI活用で組むべき、見せない情報の隔離

とはいえ、中小企業が生成AIを活用しようとするとき、社内の全ファイルを分類し直す必要はありません。中小企業の場合、外に出て困る情報は、多くは数種類・数十ファイルに集中していると考えられます。

具体的には次の4つです。

  • 人事、給与、評価に関する情報
  • 与信情報、未回収の債権
  • 未公開の価格、取引先ごとの条件、係争中の案件
  • 顧客や応募者の個人情報

これらの情報を、特定の別のフォルダやドライブに物理的に移しましょう。AIに見せない設定にするのではなく、AIの参照先に置かないのがポイントです。設定は間違えることがありますが、そもそも存在しない場所は参照されません。

AIにどこまでやらせるか。決めておきたい3つの範囲

次に決めるのが、AIの行動範囲です。業務ごとに、次の3段階のどれかを指定します。

  1. 読み取りだけ。調べる、要約する、分析する
  2. 下書きまで。文書や資料を作るが、確定はしない
  3. 実行まで。送信、登録、更新を行う

そのうえで、社外への送信、金銭の移動、確定処理(発注や契約)の3つには、必ず人の承認を挟んでください。承認者は上長ではなく、役職と氏名をバイネームで決めます。曖昧にしてしまうと、誰も確認しない状態になってしまいます。

また、AIを動かす権限は、利用者本人の権限を引き継ぐのが原則です。その社員が見られない情報は、その社員が扱うAIからも見られない。管理者権限で動くAIを全社員に開放するのは避けてください。

生成AIの社内導入は全社ではなく業務単位で始める

中小企業のAI導入でよくある失敗として聞くことのひとつに、全社ナレッジ検索から始めるということがあります。社内ナレッジ検索はうまく使えればとても有用なのですが、情報の対象が広すぎて情報整理が終わらず、精度も出ず、しばらく経ってから「AIは使えない」という結論になることもあります。

おすすめは業務単位で使うことです。手順は次のとおりです。

  1. 参照する情報が10〜50ファイルに収まる業務を1つ選ぶ(見積作成、日報集計、求人原稿、問い合わせの一次返信など)
  2. その業務に必要な情報だけを置いた専用フォルダを用意する
  3. 最初は「下書きまで」で運用する
  4. 3か月動かして問題がなければ、次の業務に広げる
  5. 5〜10業務たまった段階で、初めて社内ルールとして文書化する

まずはやってみて、運用実績から運用ルールを書き起こしてみると、中小企業では定着しやすいようです。

AI活用を禁止する場合

中小企業でAI活用をしようという前提で書いてきましたが、リスクを提示されると、ではやっぱり生成AI活用はやめようかな、と思う方もいるかもしれません。しかし社内でのAI利用を禁止すると、結局社員は個人のアカウントでAIを使って業務を続けてしまいます。これをシャドーAIなんて言いますが、その結果、会社が管理できないサービスに顧客情報が投入されることになります。

そのためAIを使わせないのではなく、AIを安全に使わせることに注力したほうが健全だと思います。

まとめ

中小企業の生成AI活用は、プロンプトの工夫、社内情報の読み込み(RAG)を経て、いまはエンバイロメント(環境)エンジニアリング、つまりAIに社内情報をどこまで見せ、何をさせるかの設計が中心テーマのひとつになっています。

AI活用の完璧な設計を目指す必要はありませんが、見せない情報を隔離することで実務上のリスクは大きく下がります。