個人が自分の生産性を上げるだけなら、ChatGPTでもGeminiでも好きなAIツールを好きに使えば良いと弊社は考えています。Claude Coworkでも、ChatGPTのエージェント機能でも、手に馴染むものを選べば済む話です。
しかし組織で業務を効率化したいなら、このやり方では難しいでしょう。
従業員が10人いれば10通りの使い方が生まれてしまい、成果はその個人の中だけで完結してしまいます。
もし人事異動で担当が変われば、また一からのやり直し。組織の業務効率化とは、担当が誰になっても同じ結果が出る状態を作ることですから、個人の工夫を足し合わせても意味がありません。
従業員個人でAIツールを自由に使うことは止めなくていい
社員が勝手にAIを使うのを禁止すべき、という話ではありません。(シャドーAIは別です。)
メールの下書き、議事録の要約、調べもの、資料のたたき台など、これらの作業は、本人が結果の良し悪しをその場で判断できますので、AIを使っても問題ないと思います。AIからの出力が揺れても実害が出るわけではありませんし、合わなければ本人が自分で修正すれば良いだけです。従業員個人の裁量で使うぶんには、どんどん使ったほうがいいでしょう。
しかし、成果物が他人に渡るかどうかで考えてみるとどうでしょうか。
自分の頭を整理するためにAIを使うなら自由で良いです。しかし、受注データとして基幹システムに入る、求職者にメールとして届く、社員が就業規則の答えとして受け取るなど、こういった業務では、誰が実行しても同じ形式で回答が出力されないと困ってしまいます。自分で判断できる個人でのAIの使い方を、そのままここに持ち込むと、おかしいことになってしまうわけです。
そして厄介なのは、この持ち込みが「AIを使う」場面だけで起きるわけではないことです。
自分ひとりで回すつもりで組んだ仕組みが、便利だからという理由で、いつのまにか他の人の業務に組み込まれてしまったり、個人のツールが気づいたら組織のツールになってしまったとしたら……。
これはAIが出てきて初めて起きた問題ではありません。
Excel VBAマクロが辿った道を、AIでもう一度繰り返すのか
30年前にも同じことが起きました。
ExcelにVBAが載ったのは1993年からだそうです。現場の担当者が自分の業務に合わせてマクロを組めるようになり、集計や帳票作成が自動化されました。ここまでは、いまAIエージェントに期待されていることとほとんど同じ話です。
問題はその後に起きました。
弊社がご支援に入ったとある会社で、20年近く前に作られた見積作成マクロが現役で動いているのを見たことがあります。ボタンを押すと見積書のシートが生成されるという機能で、とても便利です。ただし、このマクロを作った社員はとうの昔に退職していて、社内に中身を読める人がいません。仕様書もありません。
この状態になると誰もメンテナンスできないということになります。得意先が1社増えても、マクロの中の条件分岐を触れないので、生成後に手で直す運用になっていました。自動化したはずのものが、手作業を生んでいるわけです。
VBAが悪かったわけではないでしょう。悪かったのは、特定の個人が自分のために書いたものを、そのまま組織の基幹業務に据えてしまったことです。作った本人には完璧に分かっているのでドキュメントを残す動機がなかったのでしょう。使う人が本人だけのうちは問題が起きることはないでしょうし。
AIエージェントは、この落とし穴がVBAより深いのではないかと考えています。理由は2つ。
1つは、コードが残らない場合があること。プロンプトで動かすツールは、何をどう指示したかが会話の履歴の中に散っていきます。VBAならモジュールを開けば処理が読めますが、「あのとき、こういう聞き方をしたらうまくいった」というノウハウは本人の頭にしか残りません。
もう1つは、同じ入力でも出力が揺れること。VBAのマクロは、壊れているときは誰が実行しても壊れています。AIは、9回うまくいって10回目に違う形式で返してくることがある。作った本人は「たまにこうなるから、そのときはこう直す」と知っていますが、引き継がれた人は知りません。
組織でAIエージェントを使うために守ると良い条件
上記のような過去の歴史を踏まえ、組織でAIエージェントを使うために守ると良い条件を考えてみました。
1つめは、出力フォーマットを固定することです。AIには自然文で返させず、JSONなど構造の決まった形で返させて、シートやデータベースの決まった列に流し込むという方法です。
2つめは、失敗したことが分かるようにすることです。処理件数、成功と要確認の内訳、いつ誰が実行したか。これをログに残すということが大切です。うまくいったときより、うまくいかなかったときに何が起きるかのほうが、引き継ぎでは重要です。
3つめは、変更点をコードの外に出すことです。抽出したい項目、メールの文面、判定の閾値といった手のものはスクリプトの中に埋めず、設定用のシートに置くと良いでしょう。もし今後業務の一部が変更になったときに、この部分だけを修正すれば良いので、いちいちベンダーを呼ばずに済みます。
いずれも、AIの性能とは関係ありません。すべて引き継ぎのための設計です。
個人で使うだけならいずれも不要でしょうが、組織で扱うのであればこれらは必須と考えます。
業務フローを整理してからでは、いつまでもAI活用ができないのでは?
「業務フローを整理してからでは、いつまでもAI活用ができないのでは?」ということもよく聞く疑問のひとつです。業務フローの整理から入ると、半年かけて分厚い資料を作って、誰も使わないまま終わってしまうのではないか。だから小さく試すほうがいいのではないか、と。
たしかに、全社の業務を棚卸ししてから着手するやり方は、非効率でしょう。
けれど、業務棚卸をすべてやる必要はないものの、まったく棚卸しないでAIを導入することが良いとも思えません。むしろ、業務整理する範囲を狭くすれば良いのではないでしょうか。全社ではなく、1つの業務。注文書の受付だけ、応募者の一次対応だけ。その1業務について、誰が何を受け取って、何をして、次に何を渡すのかを書き出す。A4で1枚に収まります。
この業務フローの整理を惜しむと、作ったツールが誰の仕事にも接続されないままになってしまうということが起こりえるのです。
MCPが標準化すると組織のAI活用はどうなるか
2024年にAnthropicによってMCP(Model Context Protocol)が公開されてから、AIと外部ツールをつなぐ部分の共通化が進んでいます。
どの生成AIツールを導入すれば良いのかとよく聞かれますが、MCPのような流れが続くと、「どのAIを使っているか」はたいした問題ではなくなると思います。モデルの乗り換えコストが下がり、接続先も共通化されるので、ツール選定そのものは差別化になりにくいでしょう。
一方で、組織にとっては、業務フローを正しく整理できているかどうかが業務効率化の成否を分けるのではないかと弊社は見ています。AIに何を任せるかが決まっている会社は、規格が揃った瞬間に接続すれば、ツールを動かすことができます。しかし業務の流れが決まっていない(あるいはよくわかっていない)会社は、規格が揃っても渡すものがありません。
まとめ
個人でAIツールを使うのと、組織でAIエージェントを使うのは、地続きに見えて別の作業です。境界線は、成果物が他人に渡るかどうか。自分で結果を判断できる範囲なら自由で良いですが、他人に渡るなら、誰がやっても同じ形式で出力されることが条件になります。
Excel VBAが辿った道を、日本企業はまた繰り返すのでしょうか。作った本人が退職して誰も触れないマクロは、いまも中小企業で動いています。AIエージェントは、指示が会話履歴に散ることと、同じ入力でも出力が揺れることの2点によりVBAより属人化しやすい危険があります。
出力フォーマットを固定する、失敗が見えるログを残す、変更可能性のある値をコードの外に出す。これらは個人で使うだけなら要らないものばかりですが、組織で使うならすべて必要です。
自社のどの業務から手をつけるべきか整理したい会社は、まずはA4で1枚の業務フロー図を書くところから進めてみるのも良いでしょう。