出口調査のクロス集計の基本形とは

選挙の夜、速報性と分析の深度で読者に価値を提供する出口調査。その核となるのがクロス集計分析です。特に地方選挙では、限られたサンプル数と時間の中で、有権者の選択の背景にある傾向をいかにして鮮明に描き出すかが問われます。2025年8月31日に投開票された熊本県八代市長選挙は、自公推薦の現職を破った新人の圧勝という結果となりました。この選挙において熊本日日新聞が実施した出口調査は、クロス集計のごくシンプルでありながらも本質を捉えた分析によって、小野泰輔氏の勝利の構図を明快に示しました。本記事では、この八代市長選の出口調査を題材に、出口調査のクロス集計における最も基本的かつ強力な分析の形について詳しく解説していきます。

かんたんに使える出口調査システムならコリオレ >>

出口調査とクロス集計の基本的な役割

出口調査の目的は、投票所を出た有権者に直接投票先を聞くことにより、即日で選挙結果の概略を捉え、投票行動の背景にある要因を分析することにあります。単に当選者と得票率を報じるだけではなく、「どのような属性の有権者が、なぜその候補者に投票したのか」という読みにまで踏み込むことが、読者にとっての大きな価値となります。この「なぜ」に答えるための最も重要な分析手法がクロス集計です。

クロス集計とは、複数の項目を掛け合わせて(クロスして)集計し、その関連性を明らかにする手法です。出口調査においては、例えば「投票先」という項目と「支持政党」や「年齢」、「性別」、「居住地域」といった項目を組み合わせることで、支持基盤の可視化を試みます。八代市長選の事例では、市内9か所・777人という比較的限られたサンプル数ながら、このクロス集計を効果的に用いることで、選挙の全体像を浮かび上がらせることに成功しています。

クロス集計の二つの基本形~投票先軸と属性軸

出口調査のクロス集計には、主に二つの視点があります。第一の視点は、「特定の候補者に投票した人々は、どのような属性を持っていたか」という分析です。これは投票先を固定し、その中での属性の分布を見る方法です。第二の視点は、「特定の属性を持つ人々は、どの候補者に投票したか」という分析です。これは属性を固定し、その中での投票先の分布を見る方法です。

八代市長選における熊本日日新聞の分析は、この二つの視点をバランスよく活用していました。まず第一の視点として、当選した小野泰輔氏に投票した有権者に焦点を当て、その支持政党別の内訳を提示しています。それによると、小野氏支持者は「支持政党なし」が26.9%で最も多く、続いて自民党支持者16.5%、立憲民主党支持者13.7%となっています。これは、推薦団体を持たない「完全無所属」を掲げた小野氏の戦略が、特定の政党に縛られない幅広い層から支持を集めたことを如実に物語るデータです。

一方、中村博生現職に投票した有権者では、自民党支持者55.2%、公明党支持者14.6%で合わせて7割近くを占めました。これは自公推薦という組織票を基盤としつつも、それを超える広がりに欠けたことを示しています。

属性別の投票行動~支持政党別の分析

第二の視点、つまり「属性別に投票先を見る」分析も極めて重要です。これは有権者の立場に立った、より直感的な理解を可能にします。熊本日日新聞の調査は、各支持政党の有権者が実際にどの候補者に投票したのかという割合にも言及しています。

この分析からは、立憲民主党、維新の会、国民民主党、参政党、れいわ新選組、共産党、社民党の各支持者のうち、実に7割以上が小野氏に投票したことが読み取れます。これらの政党の支持層が、推薦候補のいない選挙において、現職ではなく新人の小野氏に投票するという選択で一致したことは非常に興味深い点です。

さらに注目すべきは、中村氏を推薦した自民党と公明党の支持層の動向です。自民党支持者の投票先は、中村氏が約7割、小野氏が約3割でした。公明党支持者も同様の傾向でした。推薦を受けた候補者がいるにもかかわらず、その支持層の3割が対立候補に流れたという事実は、組織の推薦と有権者の実際の投票行動の間に、ときに乖離が生じ得ることを示す好例といえるでしょう。これはクロス集計だからこそ明らかになった、今回の選挙の重要なポイントの一つです。

年代別の分析

支持政党と並んで、年代別の分析もクロス集計の基本です。世代によって価値観や求める市政の方向性が異なるため、投票行動に明確な差が現れることは珍しくありません。

八代市長選では、小野氏が50代、60代という中高年層から特に強い支持を受け、いずれの年代でも7割前後の得票率を獲得しました。これらの世代は投票率も比較的高く、選挙の帰趨を決定づける重要な層です。現職市政の評価や、新人が掲げる変化への期待感が、これらの層に特に強く響いたことが推測されます。ほかの世代でも小野氏は優位に立っており、まさに全世代にわたって支持を広げたことが分かります。これは先の支持政党別の分析と合わせて、小野氏の支持基盤の広さが「層」としてではなく、「面的」に広がっていたことを示唆しています。

調査設計と実施の重要性

このように有効なクロス集計を行うためには、その前提となる調査設計と実施が堅牢である必要があります。シンプルな集計表の裏側には、綿密な準備が存在します。

第一に、調査地点の選定です。八代市の人口分布や地域性を反映させ、偏りのないサンプルが得られるよう、市内9カ所という適切な数の投票所が選ばれたと考えられます。第二に、調査員の訓練です。投票を終えた有権者への声かけは繊細を要する作業であり、協力を得るための誠実な対応と、質問を端的に行う技術が求められます。第三に、回収したデータの迅速かつ正確な入力と集計です。開票作業が進む中で、速報性を失わないための時間との戦いもあります。

777人というサンプル数は、八代市の有権者全体から見ればごく一部ですが、統計的に意味のある結果を得るために必要な数を計算し、かつ現場のリソースと速報性のバランスを取った上で設定された数だと考えられます。シンプルでクリアなクロス集計の結果は、このような地道で確実な作業の積み重ねの上に成立しているのです。

まとめ

出口調査におけるクロス集計の最もシンプルで基本的な形は、「投票先」と「有権者の属性」という二つの軸を交差させ、その関連性を読み解くことです。八代市長選の事例では、「どの候補に投票した人の支持政党は何か」という視点と、「どの支持政党の人がどの候補に投票したか」という二つの視点から分析が行われ、当選した小野氏の支持基盤の広さと、推薦を受けた中村氏の苦戦の要因が浮き彫りにされました。

さらに年代別の分析を加えることで、支持の質や強度までを多面的に捉えることが可能になります。これらの集計は、一見すると単純な数字の羅列に過ぎませんが、有権者の声であり、選挙の物語そのものです。シンプルであるからこそ、その数字の持つ意味を一つひとつ丁寧に咀嚼し、読者にわかりやすい形で提示することが、選挙報道を担う我々の責務であるといえるでしょう。出口調査のクロス集計は、数字と対話し、その先にある有権者の意思を代弁する、民主主義のための重要なツールなのです。

地方選挙に最適な出口調査システムコリオレ >>
前の記事
選挙出口調査の設問設計~社会調査・アンケート調査の基本

選挙の出口調査は、メディアが投票日の夜にいち早く結果を報道するための重要なツールです。しかし、得られるデータの精度は設問設計の質に大きく左右されます。投票した候補者名や年代を尋ねる単純な質問は比較的問題が少ないものの、政 […]