出口調査で聞くべき候補者・政党支持以外の質問
選挙の結果を知る重要な手段である出口調査。投票した候補者名や支持政党を聞き出すことは調査の基本ですが、それだけでは見えてこない「有権者の意思決定プロセス」や「社会の変化」が数多く存在します。新聞社や地方メディアの選挙報道担当者にとって、出口調査は単なる当選予測のツールではなく、投票行動の背景にある複雑な要因を読み解き、より深い分析を読者に提供するための貴重なデータ源です。本記事では、2025年7月の参院選兵庫選挙区で神戸新聞社が実施した出口調査の具体的事例を中心に、候補者名・支持政党以外に「何を」「なぜ」聞くべきなのか、その意義と設計のポイントについて考えていきます。
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出口調査の一次的な目的は、即日開票が難しい大規模選挙区や比例代表の大まかな勢力図を速報することにあります。しかし、その役割はそれだけに留まりません。有権者が投票所を出た直後の生の声を集めるこの調査は、投票行動に影響を与えた要因、有権者の関心事項、社会の分断や価値観の変化といった、選挙結果の背景にある重要なトレンドを浮き彫りにする絶好の機会です。
特に地方メディアにとっては、全国的な傾向とは異なる地域独自の動きや、特定の争点に対する地域住民の反応を詳細に把握する上で、出口調査は不可欠なツールと言えます。単に「誰が勝ったか」だけでなく、「なぜその結果になったのか」「有権者は何を考えて投票したのか」という問いに答えるデータを収集することが、質の高い選挙報道、そして地域の未来を考えるための基礎資料作りにつながるのです。
神戸新聞の調査~参考メディアと過去の投票行動を問うた2025年参院選出口調査
2025年7月の参議院議員通常選挙兵庫選挙区において、神戸新聞社は非常に興味深い出口調査を実施しました。投票先や支持政党という基本情報に加えて、投票先を決める際に「最も参考にしたメディア」と「2024年秋に実施された兵庫県知事選挙の投票先」を有権者に尋ねたのです。
この調査は期日前投票所11市18カ所で7,195人、投票日には19市33カ所で2,499人、合計9,694人という大規模なサンプルから回答を得ました。その結果は、有権者の情報摂取経路の違いが支持政党や投票行動と強く結びついていることを如実に示し、大きな反響を呼びました。
支持政党と参考メディアの間には明確な分断が見られました。自民党や立憲民主党の支持者は「新聞」を最も参考にした割合が高く、公明党や日本維新の会の支持者は「テレビ」を最も参考にする傾向が強かったのです。一方、躍進が注目された参政党、国民民主党、れいわ新選組の支持者では、「SNS・投稿動画」を最も参考にしたとする回答が圧倒的多数を占めました。特に参政党支持者では7割以上がSNS等を挙げ、新聞やテレビを参考にしたのは1割以下という結果でした。これは、いわゆるオールドメディアに対する不信感や、情報取得経路の多様化が新興政党の台頭を後押しする一因となっている可能性を示唆しています。
さらに興味深いのは、2024年兵庫県知事選挙での投票行動と、参院選での参考メディアの関連性です。知事選で現職の斎藤元彦氏(得票数:1,113,911票)に投票したと答えた有権者は、参院選で「SNS・投稿動画」を最も参考にしたとする割合が42%と最も高く、新聞・テレビを参考にした割合の合計約36%を上回りました。一方、知事選で主要対立候補だった稲村和美氏(得票数:976,637票)に投票した有権者は、参院選で「新聞・テレビ」を最も参考にした割合が合計約59%と圧倒的に高く、「SNS・投稿動画」は16%にとどまりました。この結果は、知事選という地方政治の大きな選択においても、有権者のメディア接触パターンに明確な違いがあり、それが国政選挙における情報行動や支持傾向にも連続性を持って表れていることを示しています。斎藤氏の支持層にSNS依存が強く、稲村氏の支持層に既存メディア依存が強いという構図は、地方政治と国政の支持基盤の重なりや、情報生態系の違いを反映していると考えられます。
この神戸新聞の事例は、出口調査で「投票先・支持政党」以外の要素、特に「情報源」や「過去の投票行動」を尋ねることで、単なる当落予測を超えた、有権者の行動パターンや社会の深層にある分断・変化を可視化できる可能性を強く示しています。
候補者・支持政党以外に聞くべき「問い」とその意義
神戸新聞の事例はほんの一例です。投票行動をより立体的に理解し、選挙結果の背景にある複雑な要因を分析するためには、以下のような質問項目を出口調査に加えることが有効です。
投票の決め手となった要素・争点について尋ねる意義
「今回の投票先を決める上で、最も重視したことは何ですか?」という質問は、選挙結果を動かした最大の要因を特定する上で極めて重要です。具体的には、特定の争点(例えば物価上昇対策、子育て支援強化、憲法改正議論など)がどの程度投票行動に影響したのか、政策内容と候補者の人柄・資質のどちらを重視する傾向が強いのか、政党への支持感情や所属団体・組合の推薦の影響力はどの程度か、といった分析が可能になります。これにより、選挙の争点が有権者に実際に届いていたのか、あるいはメディアが想定した争点と有権者の関心にズレがなかったか、を検証する貴重な材料にもなります。
情報収集源と信頼するメディアについて尋ねる意義
神戸新聞の事例が示した通り、「今回の選挙に関する情報を、主にどこから得ましたか?」や「投票先を決める際に、最も参考にした情報源は何ですか?」といった質問は、メディア接触パターンと支持政党や投票行動の相関関係を明らかにします。どのメディア(新聞・特定紙、テレビ・特定番組、ラジオ、政党・候補者のHP、各種SNSプラットフォーム、動画サイト、ブログ・ニュースサイト、対人コミュニケーションなど)がどの層に影響力を持っているのか、SNSなどのニューメディアの影響力がどの程度拡大しているのか、特定のメディアが特定の政党・候補者支持層に浸透しているのか、といったメディアと政治の関係性を分析する基礎データになります。これは報道機関自身が自社の影響力を知り、今後の報道姿勢を考える上でも貴重な情報です。また、デマやフェイクニュースの拡散経路を推測する手がかりにもなります。
過去の投票行動や政治意識について尋ねる意義
「前回の国政選挙では、どの政党・候補者に投票されましたか?」や「直近の地方選挙では、どの候補者に投票されましたか?」「ご自身の政治的な立場はどちらに近いと思いますか?(保守、革新、中道、特にないなど)」といった質問は、有権者の支持基盤の安定性・流動性を測る重要な指標となります。前回投票した政党・候補者と今回の選択が変わったのか(支持の移り変わり=浮動票の動向)、変わらないのか(固定票の固さ)、どの政党からどの政党へ流れたのか(支持の流出入)を分析できます。神戸新聞が知事選投票先を尋ねたように、国政と地方選挙での投票行動の関連性も見えてきます。また、政治的な立場の自己認識を聞くことで、政党支持とイデオロギーの関係や、無党派層の内実をより深く理解する助けになります。
投票の確信度や迷いについて尋ねる意義
「今回の投票先を、どのくらい前から決めていましたか?」や「投票先を決める際に迷いはありましたか?」といった質問は、選挙戦の効果を測る指標になります。早くから支持を固めていた層が多かったのか、選挙戦終盤の情勢や議論によって判断が変わった有権者が多かったのかを分析できます。これは選挙運動の効果測定や、投票率向上策(特に迷っている層への効果的なアプローチ方法)を考える上での具体的なヒントにもなります。
投票率・棄権に関する意識(補足的な意義)
出口調査はあくまで「投票に行った有権者」の声です。「今回、投票に行こうと思った最大の理由は何ですか?」や「政治や選挙に関心を持っていますか?」といった質問は、出口調査そのものでは直接聞けず、棄権者調査など別の調査設計が必要ですが、出口調査のデータと合わせて考えるべき重要なテーマです。出口調査で得た「投票した層」の属性や意識と、棄権者調査などのデータを比較対照することで、投票率を左右する要因(例えば、若年層の棄権理由、政治不信の度合い、投票の手続き面での課題など)をより立体的に分析できるようになります。選挙報道において「投票に行かなかった声」をいかに拾い、反映させるかは重要な課題です。
効果的な質問設計のポイントと注意点
貴重な有権者の協力を得て実施する出口調査です。限られた時間の中で、有権者に負担をかけず、かつ有意義なデータを得るためには、質問設計に細心の注意が必要です。
まず、明確な目的設定が不可欠です。何を知りたいのか、そのデータをどのような分析・報道に活かすのかを具体的に定めることが重要です。「とりあえず聞いてみる」という姿勢は避けるべきです。神戸新聞の「参考メディア」質問は、メディアの影響力分析と新興政党支持層の特徴把握という明確な目的があったからこそ、説得力のある結果が出せた好例と言えます。
次に、選択肢の設計は非常に重要です。選択肢は、網羅性と排他性を考慮し、かつ回答者が迷わないような具体的な内容にする必要があります。「その他」の選択肢を設けることも有効ですが、分析の負担が増える点は認識しておくべきです。「参考にしたメディア」であれば、新聞・テレビ・ラジオといった媒体だけでなく、主要なSNSプラットフォーム名や具体的なニュースサイト名を具体的に挙げると、より精度の高いデータが得られます。
質問文は誰にでも理解できる平易な言葉で、特定の回答を誘導しない中立的な表現を心がけなければなりません。専門用語や曖昧な表現は避けることが基本です。また、回答負荷の軽減も重要です。質問項目は絞り込み、回答にかかる時間を最小限に抑える努力が必要です。長すぎる調査は協力率の低下や回答の質の低下を招きます。必須質問と任意質問を分けるなどの工夫も検討すべきです。
クロス集計の可能性を常に意識して設計します。収集するデータが、性別、年齢層、居住地域、職業などの基本属性とクロス集計できることを前提に設計することが重要です。例えば「30代女性のSNS参考層の支持政党」といった詳細な分析が可能になります。神戸新聞の調査では、支持政党別、知事選投票先別にメディア接触をクロス集計したことで、非常に示唆に富む結果が得られました。
最後に、倫理的配慮と個人情報保護は最優先事項です。回答はあくまで任意であることを明確に伝え、個人が特定されるような質問は厳に避けなければなりません。収集したデータの取り扱いと保管には十分な注意を払い、プライバシー保護を徹底することが調査実施主体の責務です。
まとめ
出口調査で候補者名や支持政党以外の要素を尋ねる意義は、単なる選挙結果の予測や速報を超えたところにあります。それは有権者が「どのように情報を得て」、「何を考え」、「なぜその選択をしたのか」という、投票行動の背景にある複雑なプロセスを可視化する試みです。
2025年参院選で神戸新聞が実施した調査は、「参考にしたメディア」と「県知事選の投票先」という追加質問によって、情報生態系の激変(特にSNSの台頭と既存メディアの相対化)が支持構造に深く影響を及ぼしていること、また地方選挙と国政選挙における有権者の行動パターンに連続性が見られることを、具体的なデータで示しました。これは、出口調査に「追加の問い」を加えることで得られる洞察の深さと価値を如実に物語る成功事例と言えるでしょう。
選挙報道担当者にとって、出口調査は有権者と直接対話する貴重な機会です。投票所を出たばかりの有権者の生の声を記録するこの瞬間を、単なる当落情報収集のためだけに使うのはあまりにもったいないことです。効果的な追加質問を設計し、分析を深めることで、出口調査は「その時々の社会の断面図」を映し出す、極めて重要な社会調査へと昇華します。
次回の選挙に向けて、自社の出口調査の目的を見直し、今回取り上げたような「投票行動の深層」に迫る質問項目をぜひ検討してみてください。それは、より深みと説得力のある選挙報道、そして地域社会の変化を読み解くための強力な武器となるはずです。神戸新聞の事例が、その可能性への第一歩を示してくれていると言えるでしょう。
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