みなと芸術センターの指定管理者に求められることを考える~マイページシステムやマーケティングの観点から~

2027年に東京都港区・浜松町に開館予定の「みなと芸術センター」の指定管理者の公募がおこなわれています。その公募要項やその関連資料を読んでいましたら、気になることがあったので書いておきたいと思います。ちなみに弊社も港区に立地している企業です!
(ついでに、弊社代表は、みなと芸術センターの計画が立ち上がる前段階において、田町駅東口北地区(現在の、みなとパークしばうら/芝浜小学校)に劇場を作る計画があった段階に、区民として区役所に呼ばれて意見を言い合う会のメンバーでもありまして、結構この界隈は詳しいと自負しています。)

このみなと芸術センターが目指すものはとてもスケールが大きい壮大なものです。一地域の文化施設という範疇を超えて、今まで日本に存在しなかったと言っても過言ではないほど、あらゆる方向での目標が高く設定され、かつあらゆる方面に配慮がされています。公募要項の作成に関わられた皆さんの中には、アートマネジメント業界界隈で有名な方も入っていらっしゃり、さすが国内外の様々な事例や課題をご存じなんだなという感想です。

よって、指定管理者に求められるものはものすごく大きく、ただの施設管理とは訳が違うなという公募要項です。ただの貸館ではないことはもちろんのこと、劇場法にも定めがあるような、「文化芸術を通じた国際的な交流、調査研究、人材の養成、共生社会の実現に資するための事業等を実施すること」も求められていると読めます。

さてその中で、文化芸術・アートだけでなくITシステムも手がける弊社としては、とても気になる記述がありました。みなと芸術センター管理運営計画に、以下のような考え方が記されているのです。

4 参加者及び利用者との関係性構築の考え方
センターでは、区民の顕在的、潜在的ニーズの分析を行い、プログラムの充実につなげるため、一部の団体客等を除き、公演や教育事業等の参加者は全て個人アカウントを持ち、継続的な関係を構築します。
また、利用期間、来館頻度等に応じたポイント制度の運用を行うとともに、年間のラインナップを区民の関心に応じて分かりやすく情報提供し、鑑賞や参加への意欲を高めます。さらに、プログラムの目的に応じて、適当な区民に残席を格安で購入できる仕組みも検討します。
これらの仕組みを支えるための個人アカウントの管理システムをつくり、チケット販売システムと連動させます。また、参加者が自身の購入状況や公演情報の確認、オンラインでの鑑賞や講座の受講などを行うことができるマイページを設けます。参加者の興味に応じたお勧めの公演情報をマイページで表示するなど、参加者の鑑賞ライフを充実させる仕様をめざします。
(港区 港区立みなと芸術センター管理運営計画 令和4(2022)年11月(令和6(2024)年3月改定)より)

つまり、劇場としてウェブ上にマイページ機能を作るぞ、ということです。
ITシステム事業者にとっては、「そういうのもあるよね」ぐらいの要件かと思いますが、劇場管理をするような事業者にとっては壮大な話です。よって、これを劇場管理の専門家たる指定管理者に対して求めるのかと、しかも公募で求めるのかと、びっくりしました。

これまで、他の劇場界隈でも、マイページ機能を設ける劇場が無かったわけではありません。
また、公共劇場でも、特にチケット販売に関してはチケット販売事業者と提携し、自劇場のチケット在庫をさばくシステムを用意するというのはよくある事例です。
しかし、港区のみなと芸術センターのマイページでは、チケット販売だけではなくポイント制度やらおススメ公演のレコメンド機能までつけることを求められるようです。これは既存システムのパッケージをそのまま運用するのではおそらく不可能な要求です。既存システムをオプションで適宜開発する必要があり、場合によってはそもそもスクラッチ開発が必要なのではとも考えられます。つまりコストがだいぶかかるのではと勝手に心配になります。
(蛇足ながら、パッケージのソフトに合わせて業務を設計すれば安く済むものの、業務に合わせたシステム開発を外注して異常にお値段が高くなるのは日本のシステム開発の悪いところですね。)

ちなみに弊社も小劇場向けのチケット販売システムを開発していますが、みなと芸術センターの求める要件には当てはまりません! 作れと言われたら、弊社システムであってもゼロから作りなおしたほうがはるかに早いです。

ウェブのマイページ以外でもさらにもう一点、みなと芸術センター管理運営計画では、マーケティングに関する以下の記述もあります。

2 マーケティング
マーケティングは、研究企画部門と連携し成果を取り入れながら、主催事業の販売計画立案、価格設定、販売チャネルの開拓、プロモーション、広報宣伝媒体の活用など戦略的に展開します。必要に応じて市場調査や参加者及び利用者調査を行い、マーケットの新たな動向を的確に捉え、方針と手法を更新します。
従来の舞台芸術鑑賞層にとどまらず、これまで文化芸術施設に来館してこなかった層の開拓に向け、芸術文化未経験層、無関心層、来館できない人等の調査を行います。

この要件のポイントは、「従来の舞台芸術鑑賞層にとどまらず」集客せよという点でしょう。
つまり既存の演劇ファン、シアターゴアに限らず、一般の区民にも間口を広げましょうということです。これは、受益者は一部のオタクだけではなく区民全員であると考えれば、公共劇場の果たす役割としてとても必要なことだと思います。
しかし、このマーケティング機能を実際にどのように実装するかは悩ましいところです。
システムを絡めた話でいうと、顧客ごとのマイページのデータをもとに、CRMやMAツールのようなものを連携していくことになろうかと思います。が、そうするとあくまで「既存の顧客」を基盤にしてしまうことになり、公共劇場の役割たる「従来の舞台芸術鑑賞層にとどまらず」集客する、という目標とは矛盾してしまいます。
単純にチケット収入を増やす(座席の空席を埋める)だけであれば、既存顧客にいかに売っていくか、つまり単価を上げるかを考えるのが手っ取り早いです。しかし、みなと芸術センターのように、新規顧客を常に開拓していく宿命を課せられた場合、どのようにマーケティングしていくのが正しいか、KPI設定の時点で困難さがつきまといそうです。

最近の事例でいえば、東急Bunkamuraのマーケティングの事例を紹介した書籍がありました。その本では、東急グループの独自CRMを使用し、既存顧客に対してどのようにチケット販売を促していくかという事例が掲載されていました。
民間事業者の論理でいえば、ごく当たり前のマーケティングの発想です。しかしみなと芸術センターでは、繰り返しになりますがそのような一部の演劇好き(既存顧客)だけにとどまらないマーケティングが求められるわけです。

この数十年、公共劇場界隈では、さまざまな種類の演目を実施(ストレートプレイ、ミュージカル、伝統芸能、クラシック、ポップスなど多ジャンル)したり、劇場への来場障壁をおこなう取組を実施(インクルーシブな形で託児所の用意や字幕の用意)したり、劇場を飛び出すアウトリーチ活動を積極的におこなってきました。これらがある程度の効果をもたらし、チケットを購入する層だけではない幅広の顧客層にリーチできていることは事実でしょう。しかし、はたして本当の意味で「従来の舞台芸術鑑賞層にとどまらず」集客できているのかというと、正直に言うと厳しいところではないかと思います。
港区においても、果たして「港区民」(※港区は、「区民」の定義を幅広くとっています)のうち、従来の舞台芸術鑑賞層より本当の意味でどれだけ多くの層を顧客にできるのか、腕が試されるわけです。

理想はとてもよくわかりますが、求めるものがあまりに大きいみなと芸術センター。
このチャレンジ自体には賛同しますが、予算感もはっきりしない中、どうやってこれを実現するのか、指定管理者に自由に求めすぎるのも酷だと感じつつ、いったいどの事業者が指定管理者として選ばれるのか注目をしています。