MINATO×アート事業はどのように展開されると良いのかを考えてみる

東京都港区の2025年度の予算に計上(予定)の「MINATO×アート事業」。
MINATO×アート事業運営支援業務委託事業候補者募集要項や、MINATO×アート事業運営支援業務委託事業候補者選考基準、MINATO×アート事業の方向性(展開イメージ)といった資料から見えてくることを考えてみたいと思います。

アートが切り拓く社会課題解決の新たな地平

港区のこの事業では、単なる文化事業の枠を超え、アートを社会変革の触媒として位置付けていると言えます。港区のような現代都市が抱える複合的な課題である、高齢化の加速、地域コミュニティの分断、環境負荷の増大、子育て世代の孤立といったこれらの課題の解決に、アートの持つ力を活用しようという気概を感じます。
アートの持つ力というのは、例えば非言語的コミュニケーション力や、創造的思考といったものが代表的でしょうか。(これらは港区が定義しているものではないのであくまで憶測です。)
MINATO×アート事業の事業展開イメージとしては、資料によると「アートが様々な区政課題の解決に寄与し、施策の効果を高める可能性があることを広く浸透させた後、文化芸術活動団体や区民との連携、外部への情報発信を行うなど、段階的に事業を拡充する。」となっています。
つまりこれは、例えば、公園に設置された参加型アートが地域住民の対話を促したり、商店街の空き店舗を活用したアートギャラリーが新たな人の流れを生むというような、アートを単なる美的対象とするのではなく、「人と人」「分野と分野」をつなぐインターフェースとして機能することを期待するものではないかと思います。

MINATO×アート事業が目指す具体的な社会課題

地域コミュニティの再構築

では東京都港区の区政課題とはいったいどんなものがあるのでしょうか? 弊社も港区に本社を構えていますので、当事者の立場から考えてみましょう。
例えば、高層マンションが林立する港区では、住民同士のつながりの希薄化が深刻と言えます。この課題に対し、アートは共有体験を生み出す装置として機能するのではないかと夢想します。芝浦などの複数の住宅棟をつなぐ歩道にアートを用いた何かを設置し、夜間の散歩文化を創出するプロジェクト。あるいは、高層マンションだけでなく戸建て住戸の住民も交えて、自身の思い出をモチーフにした陶板アートを共同制作し、地域の歴史を可視化する取り組み。こういった「空間の再定義」を通じて住民の帰属意識を育むソーシャルデザインなど、ひとつのアイデアとしていかがでしょうか。

高齢社会におけるウェルビーイングの向上

港区も、区内の高齢化率は無視できません。この高齢化社会においても、アートは心の健康と社会参加を支えるツールとして期待できると思います。
具体例としては、認知症予防を目的としてアートセラピーを用いたり、白金や芝などの昔ながらの商店街のシニア世代が持つ技術を現代アートと融合させるプロジェクトなどはどうでしょうか。他にも、アーティストが介護施設に常駐し、利用者のライフストーリーを作品化するというような試みも、単なる福祉サービスを超え、人生の再編集として意味あるものにできるのではないかと思います。

サステナビリティ意識の啓発

直近では港区のお隣の品川区で、オーガニック給食の導入が話題ですが、例えば港区においても環境問題への対応もひとつの課題です。環境問題への対応については、アートの「問題を可視化する力」がキーとなりそうです。
港区らしいアイデアを考えてみましたが、例えばAIがリアルタイムで区内や区の施設の電力消費量を可視化するデータドリブンアートインスタレーションなんていかがでしょうか。従来の啓発手法とは異なる感性に訴えるアプローチがアートならばできると思います。これらは環境負荷軽減そのものだけでなく、行動変容を誘発する体験デザインとして機能するのではないかと思っています。

想定される事業者の多様性と協働の可能性

テクノロジー企業のクリエイティブ転換

港区には六本木をはじめ各所にIT企業が多く立地しています。このMINATO×アート事業に企業が積極参加するとしたら、例えばVR/AR技術を持つITベンチャーが、歴史的建造物のデジタル復元プロジェクトに参画するというのも可能ではないでしょうか。
スマートフォンで街歩きしながら、消えた江戸の町並みをARで再現するタイムスリップアートツアーを企画したとしたら、観光振興と地域史継承を両立できると思います。

地域企業の資源再発見

他にも、地場の老舗企業がアーティストインレジデンスのようなプログラムを主催するという逆転の発想も生まれます。港区の老舗企業の知恵を現代アートに注入し、伝統的な技術でアートカタログのようなものを制作するプロジェクトをおこなってみれば、地域産業の活性化と文化発信を同時に実現できるのではないでしょうか。港区の中小企業が持つ無意識の資産をアートを通じて再評価する仕組みも可能ではないかと思います。

アートが社会変革のエンジンに

アート業界に所属する方からすると、文化事業そのものを目的とするのではなく、アートを「活用する」というふうに表現されるMINATO×アート事業には、若干の抵抗を覚える方もいるかもしれません。役に立つものだけが評価されがちな昨今の風潮に抵抗したい気持ちもわかります。
しかし、MINATO×アート事業の真の革新性は、「アートを手段とするのではなく、アート自体が社会インフラとなる」点にあるのではないでしょうか。
港区のような都市の課題発見や課題解決に(特に)参加型のアートの視点を組み込むことで、住民が自分ごととして街づくりに参加する意識改革を促すようなことは、アートに可能性を感じるからこそのものです。逆に言えば、アートにしかこのようなことは出来ないのではないでしょうか。
アートを使った街づくりは全国の自治体でも進んでいますが、アートはもはや特別な場所で鑑賞するものではありません。むしろ日常を豊かにするちょっとしたアイテムです。このMINATO×アート事業を通じて、港区から新たな社会モデルが生まれるといいな、とささやかながらに思っています。

(青木)